まるでエアポケットのように、周囲の喧騒とは無縁の静かな街並みを残す神楽坂。
黒い板塀が迷路のように続く小径の中に、小さな案内に気づかなければ見落としてしまいそうなほど周囲に馴染んで、ひっそりとTRUNK(HOUSE)がある。だが一歩足を踏み入れると、紛れもない今の“東京”が展開されている。一言では言い表せない多様な価値観を内包する空間がいかにして生まれたのか。

今回は、TRUNKアトリエのディレクターとして、TRUNK(HOUSE)のコンセプト開発から、館全体のディレクションに携わった田中宏枝に、完成までの道のりとTRIPSTERとの共創。そして、業務を遂行する上での信念について語ってもらいました。

プロジェクトチームの発足後の最初の工程となるコンセプト決めでは、「山路」がもつ強み出しのディスカッションを繰り返しおこないました。元々料亭として当時の人々の舌鼓を打ち、その後芸妓の踊りの練習場として利用されていた背景や、歴史の重みと風情を感じる黒塀、入り組んだ路地と石畳など、たくさんの魅力が「山路」にはありました。

その魅力を最大限活かすには、風情や景観を守り、その土地の歴史を重んじながらも、TRUNKにしかできないユニークなアイデアによる新旧の調和。そして、ターゲットとなる「東京人」が存分に楽しめる遊び心あるギミックが必要ではないかと考えました。そして、それらを体現するコンセプトを徹底的に考えた結果、「サロン」というひとつのキーワードに辿り着きました。

「サロン」は、もともとヨーロッパに紀元があって、解放した館に、夜な夜な貴族たちが集る社交場のことを言います。「花街」として賑わいを見せてきたこの神楽坂エリアも、文豪や政治家たちがお忍びで訪れ、様々な文化を育んだサロン的な役割を担っていました。この奇跡的なつながりを見つけたことがきっかけに、TRUNK(HOUSE)は、東京人が楽しめる現代版のサロン、「TOKYO SALON」を目指そうと決まりました。

結局、コンセプトが決るまで多くの時間を費やしたことで、オープンまでのスケジュールがタイトになったりもしましたが、コンセプトについて繰り返しディスカッションを行ったお陰で、チーム全体の足並みが揃ったのは確かです。コンセプトの重要性を改めて感じました。

デザインのパートナーであるTRIPSTERとの共創も、「TOKYO SALON」を目指す上で、重要な要素でした。
東京そのものを深く理解し、東京の遊び方を熟知している野村訓市さんの存在は、コンセプトである「TOKYO SALON」を体現するために、色々な局面で大きく影響を与えてくださったと思っています。

TRIPSTERの取り組みの日々は本当に刺激的でした。
私たちの求めるイメージとデザインを何度も繰り返し擦り合わせていく中で、私たちの想像を越える提案をいくつもしてくれました。いくつものクリエイティブジャンプが起こせたのは、TRIPSTERとアトリエという社内のクリエイティブチームと最高の共創が織りなした成果だと思っています。

TRIPSTERの振り切った提案と、私たちの妥協を許さないこだわり。熱のこもったやりとりがあり過ぎたおかげで、何度となくそろばんを弾き直しました(笑)

ですが、最高の質を提供するために、妥当なコストをかけるのがTRUNKのスタイル。予算ありきではなく、本質的に提供したい価値はなにか?そこを深く考え、実現するために行動し続けるのが私たちです。

TRUNK(HOUSE)においては、その点をつらぬき通すことで、いわゆる単純な「古民家リノベーション」ではない、これまでにない空間を生み出せると最初から信じていました。

私自身、クリエイティブディレクターという立場として、社内、社外から上がってくるすべてのアイデアや要望と誠実に向き合いながら、質を高なければなりません。宿泊やイベント、会食など、様々な使用用途がある以上、目に見えるモノだけではなく、オープン後の運営のことも考えて最適解を見つけだす必要がありました。

TRUNKにアトリエが存在する本当の価値もそこにあるんです。一般的に、ホテル作りは「開発(企画)」と「運営」が別会社だったり、いわゆる「場所は作ったから、あとはお願いね」みたいなことが多いんです。

例えば、TRUNK(HOUSE)の最大のコンテンツでもある、プライベートバトラーやプライベートシェフの存在。私たちは「TRUNK(HOUSE)のプライベートバトラーはどのようなサービスができるのか?」「どのような驚きや体験を提供するのか?」というその人物像や能力(スキル)はもちろん、実現するプロセスまでを、実際に運営を担当するメンバーと共に考え抜きました。

ゲストとの接遇におけるベーシックなスキルはすでに持ち得ているTRUNKメンバーだと自負していますが、TRUNK(HOUSE)に訪れる「東京人」を満足させるには、プラスアルファーなアイデアが求められます。

「ゲストと共にカラオケで盛り上がる」「囲炉裏でお茶を点てる」「どんな時間でも日本らしい夜食を自ら作り提供する」

一見、誰でもできるようなスキルなのかもしれません。しかし、企画の段階からゲストに提供したい価値を、それを実際に提供する運営メンバーと一緒に考え抜かないと、彼らに意志が宿らないため、ただのパフォーマンスになりかねません。やはり、企画と運営が一気通貫していなければ、TRUNKらしい遊び心のある質の高いサービスにならないんです。

そして、様々な判断を続ける中で、迷うこともたくさんありましたが、難しい課題には、全チームを巻きこみ対話を重ね、取捨選択をする。この連続したアクションが、最高のクリエイティブを生み出すためには重要だと考えて進めていました。

領域関係なく、全てのスタッフが企画〜運営まで当事者意識をもった行動をとることで、他のホテルでは考えつかない、唯一無二な商品やサービスの創出に繋がる。質の高さを継続させるには、最終的に個々がどれだけ深く考えるか、が大事だと思っています。今後展開していくホテルの計画も進んでいますが、そのスタイルは徹底して貫いていきたいです。

引き渡しの日、野尻社長と訓市さんが囲炉裏を囲んで「いいのできたね」と話していた時の達成感は、一生忘れられないですね。

でも、出来上がったら終わりではなく、運営していく中で課題を見つけ、アトリエとして常に進化させることが、TRUNK(HOUSE)には求められていると思っています。「TOKYO SALON」の実現のために。

SHARE THIS ARTICLE